バワ建築を歩く | 第2回 森に溶け込む名作ホテル Heritance Kandalama

Heritance Kandalamaの外観。緑に覆われ、まるで森の一部のように静かに佇む。バワが設計した「風景の中に建築を消す」という思想が体現されている。

2025年夏、スリランカのバワ建築を訪れた訪問記の第2回目です。いつか行ってみたかったバワ建築の最高傑作、Heritance Kandalama(ヘリタンス・カンダラマ)に宿泊しました。

① 序章:ホテルとの出会いと印象

・バワ建築との出会い

スリランカを代表する建築家、ジェフリー・バワ(1919-2003)。彼の設計した建築の中でも「最高傑作」として語られることが多いホテル──それがヘリタンス・カンダラマです。

第1回のコラムでご紹介したJetwing Lagoonも、荒海と穏やかなラグーンに挟まれた稀有な立地にありました。バワの“建築とは、環境と調和しながら場をつくることである”という思想がここヘリタンス・カンダラマにもよく表れています。

・なぜこのホテルに惹かれたのか

最初にホテルの写真を見たときのインパクトが圧倒的でした。山の中のうっそうとした緑に埋もれるように存在し、上部だけが森から現れる不思議な佇まい。日本でも屋上緑化や全面植栽の建築が話題になりますが、ここでは既存の自然をそのまま活かし、建物が主張しすぎず風景に溶け込んでいます。

② 建物概要と立地

・ダンブッラの立地

スリランカ 文化三角形とヘリタンス・カンダラマの位置関係

タンブッラとホテル、スリランカ文化三角形の位置関係

ホテルはスリランカ中部、主要街道が交差するDambulla(ダンブッラ)に位置します。ここは「スリランカ文化三角地帯」に含まれ、シギリヤロック、ポロンナルワなど世界遺産へのアクセスが良好。近郊にはミネリヤ国立公園やカウドゥッラ国立公園があり、サファリ体験も可能です。

・バワによる敷地選定のエピソード

当初は世界遺産観光の拠点として計画されましたが、実際の敷地はダンブッラ中心から車で約15分の山腹へ。バワが下見でこの山を気に入り、計画が変更されたと言われています。

③ 体験記① レセプションと客室

・レセプションで、いきなり現れる岩に圧倒される

ヘリタンス・カンダラマ ロビーに残された巨岩(ジェフリー・バワ設計)

巨岩が入り込むレセプション空間:バワが自然と共生することを徹底して設計したという哲学が視覚に飛び込んできます

山道のアプローチは日没後の到着で体験できませんでしたが、レセプションに立った瞬間、異質さと魅力が直観されました。本来なら取り除かれるであろう巨岩をむしろ設計要素として取り込むという、バワならではの思想的チャレンジです。

・客室 ウッディな落ち着く空間

カンダラマホテル トリプルルームの客室内部

トリプルルーム。向こうにダブルベッド、手前にシングルベッドが入っている。
窓に向かってデスクがある。右の開いているドアの向こうがバスルーム。

重厚な木の質感を活かした落ち着きある室内。静けさを支えるのは、木の壁、シンプルな家具、トーンを落とした間接照明。遅い到着でも心が整う、穏やかな環境です。

・ジャグジー付きバスルーム

カンダラマホテル 客室の広いバスルーム

この広さ、ゴージャス感を楽しみたい。

石張りの広いバスルームには大きな窓と鏡、ジャグジー付きバスタブ。昼は窓越しにシギリヤロックを望みます。クラシックでロマンチックなバスルームですが、使い方の説明が見当たらず、天井シャワーが固定で浴槽は滑りやすいなど、使用の難易度はやや高め(慣れれば大丈夫!)。足腰の弱い方は要注意です。

・ジャグジーからの景色

正面にシギリヤロックが見えます。まるで絵画のような、淡い美しい朝焼け。

カンダラマホテル 客室からのシギリヤロック眺望

スリランカといえばシギリヤロック。客室からこの景色が見えることを計算してホテルを計画したバワ。素晴らしい眺めです。

・トイレ

広い浴室の、ジャグジーと反対側の壁にトイレとバスローブが収納されているクローゼット(2way)があります。

カンダラマホテル 客室バスルームのシャワー設備

レバーをしっかり押し下げれば、水圧も心配なし。

④ 体験記② 共用空間とディテール

④-1 共用空間とアート

ホテル内には、日常空間に溶け込むようにアート作品が点在していました。

・フクロウ像

カンダラマのアイコンでもある金属製のフクロウ像(ラキ・セナナヤケ作)は、見る角度で飛び立つ/急降下の両義に見える造形が特徴。動線の結節で視線を引き、空間にリズムを与えます。

カンダラマホテル レストラン入口の階段空間にあるフクロウのオブジェ

ロビーからレストラン入り口に通じる階段の上に設けられ、まさに視線を引き付ける役割を果たしている

・カンダラマの鏡の壁

チェックイン後に案内される半屋外のロビー・ラウンジまでの通路もバワらしさを感じる空間です。自然の岩肌が建築を支えており、これは「人と自然の共生」「既存環境への最小限の介入」というホテルのビジョンと一致。対面の壁は滑らかな仕上げで、シギリヤロックにある有名な壁画「シギリヤレディ」たちを映すために設けられたミラーウォール(鏡壁)を想起させます。

カンダラマホテル 岩肌と鏡壁の対比が印象的な通路

岩肌と鏡壁の対比に見入り、そしてこの先にある空間への期待感が生まれる通路です。

・木製の人形

エナ・デ・シルヴァによる木製の人形は世界中から訪れるゲストを喜ばせるために制作され、さまざまなバージョンがホテル内に点在しているとのことです。

カンダラマホテル 共用部に飾られた素朴な人形

素朴でどこかユーモラスなお人形たちがゲストをお出迎え。

・ドールハウス・ドゥードル

写真右上のハウス型オブジェは建築家チャナ・ダスワッテによる作品で、不要な溶接残材を再構成。オブジェが置かれた階段空間も美しく、手すり天端のアールなど、有機的ディテールが空間体験を柔らかく導きます。

カンダラマホテル 階段空間の建築ディテール

階段空間も手抜き一つなく、こだわりを感じます。

・巨人の玩具

この木製の象の彫刻は、エナ・デ・シルヴァによってデザインされたもの。これらの作品はトロイの木馬と、紐で引っ張る子供のおもちゃという遊び心あふれるインドの思想から着想を得ているそうです。インドやスリランカでは、象は神(ガネーシャ)とも結びつき、知恵や守護の象徴です。木製であることも「自然との調和」を示しているかのようです。

カンダラマホテル 巨大な象の彫刻

巨大な象でありながら、かわいらしい。見る人の緊張を解き、子どものおもちゃのような存在感でもあります。

・ロビー・ラウンジの蛇のオブジェ

開放的なロビー・ラウンジには蛇のオブジェあります。ふくろうのオブジェと同じく、バワの友人ラキ・セナナヤケの作品。蛇はインド・スリランカにおける「再生」「守護」「神話」の象徴。空間に物語を忍ばせる仕掛けと同時に、遊び心と思想を私たちに語りかけてきます。しっぽが柱に巻き付くなど、デティールも凝っています。

カンダラマホテル 遊び心ある蛇の装飾

あちこちに遊び心があります。

・バワの机(ジェフリー・バワ スペシャル)

レストランから階段を降りると、カンダラマ湖とその向こうにシギリヤロックが見える、バワが気に入っていたという踊り場があり、そこにバワの机が置いてあります。全てのゲストがバワの無限の想像力を掻き立てた景色を楽しめるように、との配慮です。建築家の息遣いを感じる象徴的な展示です。

カンダラマホテル バワの椅子から眺める自然風景

誰もがするように、バワの見た風景を椅子に座って眺めてみた。確かに目の前にはスリランカらしい、静かで雄大な自然が広がっていました。

④-2 建築と自然の対話

このホテルの魅力は、建築と自然が直接ぶつかり合う場面にあります。

・岩肌とガラスの取り合い

室内外の随所に自然岩が露出し、既存地形を仕上げで覆わず取り込む姿勢が明確です。

カンダラマホテル 室内に残された古い岩肌

何千年も昔からそこにあった岩肌にその土地の記憶や時間の重みを感じます

下の写真は、自然の地形を生かしながら建物を建てることが、いかに大変かがしのばれるショットです。岩肌とガラスが直接取り合っています。施工上の難しさはもちろん、水漏れなどの心配もあるでしょう。それでも自然と共存するんだ、という力強いメッセージを感じます。

カンダラマホテル 岩と建物が一体化した納まり

今の日本でこのような納まりはなかなかできないでしょう。そのうち木の根っこが伸びてきて建物に侵食しないでしょうか。

・外廊下部分

ホテルの全容ですが、とても大きく、シギリヤロックビューの「シギリヤ・ウイング」、石窟寺院のあるタンブッラビューの「タンブッラ・ウイング」があります。両翼とも岩肌に張り付き、羽根を広げるような外形ラインをしており、全長で約1キロメートルほどあります。

下の写真はシギリヤ・ウイングの共用廊下側の様子です。開放された外廊下形式で、鳥の声、森の木々の揺れる音、サルたちが移動していく音など、さまざまな音が聞こえます。

カンダラマホテル シギリヤウイングの外廊下と森

外廊下のすぐ外は森です

シギリヤ・ウィングの廊下の端まで行ってみると、椅子が置かれていました。

カンダラマホテル シギリヤウイング外廊下の椅子

シギリヤウイングの外廊下の端には「お疲れ様」の椅子が置かれています。ここまで探検してくる人が多いのでしょう

・ホテルの外観

シギリヤ・ウイング方向の外観です

インフィニティプール付近からみたホテル外観(シギリヤ・ウイング)

インフィニティプール付近からみたホテル外観(シギリヤ・ウイング)

・客室窓から外壁を見る

客室のバルコニー側の外側はこのような感じです。建物と少し離してツタを絡ませるためのグリッド状の構造物が設けられています。このグリッドを避けるように窓があり、緑の隙間から景色を楽しむようになっています。

カンダラマホテル ツタに覆われた外観

屋上からも地上からもツタが絡まっています。一点、4階客室からはカンダラマ湖やシギリヤロックが見えましたが、それより下階になると生い茂るツタと庭木しか見えない恐れがあります。

構造材は経年で緑が豊かに茂っていくことを想定しているため、メンテナンスを考えてコンクリートまたは鉄と思われる、丈夫な素材でできています。それを足場にしてサルが自由にバルコニーに出入りします。

カンダラマホテル 客室バルコニーにはサルが出没

バルコニーのドアを開け放しにしないよう注意書きがありました。

④-3 水辺と眺望

そして忘れられないのが、水辺の体験です。

・プール空間のデザインの違い

ホテルには3つプールがあります。メインのインフィニティプールはちょうど建物の中央あたりにあり、いつもゲストで混んでいます。夜は8時までOPEN、プールサイドには、大判タオルを貸したり注文を取りに来る係の人がいて、プールサイドでもライオンビールが飲めました。

カンダラマホテル プールと湖の水面がつながる眺望

バワは湖とプールの水面を同じ高さにそろえ、空・湖・水面が一体化するような視覚体験を生み出しました(この日は湖の水が少なく陸地が挟まっています

インフィニティプールの脇の階段を上がっていくと、2番目のプールがあります。このプールは、水面を良く見ると、底面に自然の岩がそのまま残されています。人工の仕上げ材で覆うのではなく、既存の地形を設計に取り込み、それがこのホテルらしさ、ユニークさを醸し出す。バワの建築思想が垣間見れます。ここはあまり利用されていないようですが、それでも徹底したこだわりが分かります。

カンダラマホテル 岩肌を残したプールデザイン

底面に岩肌を残したプール

⑤ 建築的評価とまとめ

このホテルでは、外壁がツタに覆われて建物が森に埋もれていく一方で、内部には巨岩がそのまま残されて自然が建物の一部となっています。外と内の両面から自然を取り込むことで、建築と風景の境界が溶け合う体験が生まれます。

こうした手法は、その後のリゾート建築にも大きな影響を与えました。たとえばアマンリゾートは「土地の景観や文化に寄り添う」ことをポリシーに掲げており、バワの理念と深く響き合っています。ただ、アマンが洗練された静けさや贅沢さを追求するのに対し、カンダラマは自然の迫力をそのまま取り込み、粗削りな力強さを残す点で独自の存在となっています。

30年を経た今も色あせることなく、自然とともにある建築の可能性を問い続ける場として、このホテルは高く評価されています。

出典・参考

  • Jetwing SRI LANKA「バワ建築」
  • STIRworld「Celebrating Geoffrey Bawa’s delightful buildings and gardens on his 101st birthday」
  • 隈研吾、山口由美『熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険』新潮社、2015年
  • 公式ブログ「The Art of Heritance Kandalama」

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